仕事で効率を追うと非効率になる罠


企業は一般的に非効率をとても嫌がります。

皆さんも上司に

「効率を考えろ!」

と一度や2度くらい言われた経験があるかと思います。

企業においては効率が良ければそれだけ利益が増えると考えられているからです。

その結果、企業が作成する経営計画には「ムダをとる」「生産性の向上」などの言葉がズラ〜と並ぶことになるのです。

では多くの方が言っている

「効率」

とはそもそもどのようなものなのでしょうか?

ちょっとWikipediaで調べると

効率とは何か。辞書で調べると

機械などの、仕事量と消費されたエネルギーとの比率」

使った労力に対する、得られた成果の割合」

と書いてありました。

つまり「効率を上げろ」と言っている企業は、

「少ない労力で、多くの成果をあげるようしろ」

と言いたいのです。

ウンウン確かにそうですよね〜

少ない労力でで多くの成果があげれば、利益も増えますからこれらは正しいように聞こえますよね

「工場」であれば、より少ない労働時間、原材料、より少ないエネルギーで同じ製品ができるのであれば、そっちがいいに決まっています。

お金や資源は限りがありますから、より有効に活用するのは望ましいと考えるのは至極当然のように考えられます

しかしこれがすべての業種がこれに当てはまるのか?

と言うと少し疑問も出てきます。

例えば、「教育期間」「営業活動」「企画」「web関係」「システムエンジニア」などの

「知的労働者」

と言われる方々はどうでしょうか?

効率を追求すれば、より具体的なことばかりの作業になり、短時間で多くの作業をするようになります。

しかしこのような知的労働者が効率ばかりを重視すると水面下では犠牲となるもの出てきます

それは「ひらめき」といわれるものである。

多くの偉人がこの「ひらめき」の力を借りてきました

しかしムダを排除すればするほど、目的とするものと別のものは「不要なもの」として排除されてしまいますので

この「ひらめき」は封印されます。

というのは、通常の業務において

この「ひらめき」は無駄なものと判断されるからです。

しかし、「閃く人」「イノベーションを産む人」を創るには、一定の「ムダ」「非効率」「寄り道」は必要なのです。

過度の効率追求は閃きを妨げているのではないでしょうか?

日本人のノーベル賞受賞者である、田中耕一氏の発見は、「まったくの偶然」と本人は述べているそうだ。(無論、謙遜であって偶然だけでないことは明らかだが)

ただ、想定外のことを、「ムダ」と切り捨てていては、この発見はできなかっただろう。

また、世界初の抗生物質であるペニシリンも偶然の産物であるということは有名な話だ。

「最小限の努力で最大の結果を」という思想は、「何をなすべきかわかっている」時には重要である。

しかし、「試行錯誤が必要なこと」あるいは「新しいこと」、「工夫が必要とされること」については、二の次である。

むしろ、ムダを切り捨てることで、創造性を発揮できなくなり、効率が落ちる可能性すらある。

人間とは生来、非合理で、ムダを好み、遊ぶことで喜びを感じる生き物である。

効率を考えなくて良い、と言うことは無いが、「ムダなことはするな」「仕事を詰め込め」という組織に継続的なイノベーションは望むべくもない。

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運営者:高木鉄平 1978年生まれ。26歳から事業を起こし累計で30億円以上売り上げた実績を持っている。 2010年よりコーチングやカウンセリングを主体とした人材育成を各種企業団体で行っている。育成人数は述べ5000人以上!詳しいプロフィール「高木鉄平」をクリック